大光寺 山門
大光寺 本堂
大光寺 本堂
大光寺 庫裡
大光寺 立札

サービス一覧

お食事処

レンタル傘

境内石畳とアスファルトで舗装されている

バリアフリー

ペット同伴

トイレ

授乳

おむつ替え

クレジット
カード

電子マネー

自動販売機

宿坊

休憩所

路面
(舗装済)

周遊時間
(15分以上)

コインロッカー

概要
基本情報
みどころ
⾏事・
イベント
アクセス

概要

  • 正式名
    大光寺(だいこうじ)
  • 宗派
  • 本⼭
    浄土宗総本山 知恩院
  • 本尊
    阿弥陀三尊
  • 開⼭・開基
    空蔵房寛海上人
  • 御朱印

    阿弥陀如来

    薬師如来

    地蔵菩薩

  • 御朱印備考
    ※書置きのみ
  • 創建
    文応元年(1260)
  • 墓・納骨堂について
    あり
  • 宗派の開祖
    法然上人
  • 歴史
    大光寺は、鎌倉時代の文応元年(一二六〇) 浄土宗の開祖法然上人より六代孫弟子の空蔵坊寛海上人により開基されました。

    開基当初の寺名は「大光明寺」で、即成院村の地 (現在の伏見桃山町松平武蔵)にあって、のちに文和年中(一三五二五六) 廣義門院西園寺寧子(後伏見天皇の女御)が、南西の地一帯(現在の桃山町泰長老)に新たに伽藍を拡張します。以後、臨済禅僧の入寺により拡張後の大光明寺は禅制となっています。

    そして、松平武蔵の元寺は大光明寺の塔頭となり「宝厳院」と称し、室町時代の一時期には伏見殿 (伏見御所)が焼失したために、栄仁親王 (伏見宮家初代) やその子貞成親王により伏見殿仮御所となっています。

    応仁の乱では、大光明寺も荒廃の時期がありましたが、文禄の頃、 豊臣秀吉により同地に指月伏見城が築城され、大光明寺は秀吉や家康ほか諸大名の勧進により、相国寺山内に移されて「大光明院」と改名し再建されています(その後焼失、明治時代になって、相国寺山内の「心華院」を「大光明寺」として再興)。

    文禄元年(一五九二) 大光明寺の相国寺移転に際して、 宝厳院に中興荘蓮社厳譽上人が入寺。 本山を浄土宗黒谷金戒光明寺に定め、嘗ての寛海上人の浄土系大光明寺の法統を引き継ぎ、寺名も「大光明寺」から「明」の一字を削った「大光寺」と改名。山号を「藤澤山(とうたくさん)」とします。

    慶長元和年中には、大光寺の末寺も増え中本山格となっていきます。 徳川家光の伏見城での将軍宣下とその後の伏見城廃城を機に、寛永元年(一六二四) 伏見奉行小堀政一 (遠州)により、現在の地の伯耆町(徳川家光傳役 青山伯耆守屋敷跡)を替地として拝領。翌二年(一六二五) 円蓮社頓譽上人代に、旧来の地に塔頭一寺を残し、精舎を現在の地に移転しています。 残った松平武蔵の塔頭寺院は、しばらくは「大光寺」のままでしたが、その後嘗ての「宝厳院」の名に因んで「宝円寺」と改名。 大光寺末寺となっています。

    寛永期からの大光寺の伽藍配置は天明七年(一七八七)の『拾遺都名所図会」からも窺えますが、江戸時代は境内で縁日や富籤 (東山大仏や松尾大社の興行)が行われ、明治時代には進の京都相撲の興行なども行われておりました。 知恩院宮御門跡 ( 華頂宮)の旧御殿を拝領し再建されました旧薬師堂は、老朽化のため解体され、仏像や堂字の装飾彫刻類は本堂に、また伏見宮から寄贈されました宮殿は本堂東側の蒸師堂に移設され、法親王の尊牌をお祀りしております。 同天明期には、大光寺の住持が伏見奉行小堀政方の悪政に悩まされ、伏見義民一揆を喚起する一要因となるような事件もありました。 一方、大光寺を菩提寺とする伏見奉行所の与力方もあり、その中には幕末に新撰組の一隊士の凶刃によって絶命した与力もおられます。

    旧本堂は、老朽化のため平成元年に全改築しています。 現在の当寺の本山は、東山の華頂山にあります浄土宗総本山知恩院であります。

引用元

https://daikoji.web.fc2.com/

基本情報

  • 名称
    大光寺(だいこうじ)
  • 所在地
    〒612-8055
    京都府京都市伏見区伯耆町1-1
  • 位置・海抜
    北緯34.9度 東経135.7度 海抜13.8m
  • 開閉門時間
    10:00-16:00
  • 参拝料/拝観料
    なし
  • 授与所の開いている時間
    10:00-16:00(不在の時あり)
  • お問い合わせ先
  • 電話番号
  • ホームページ
  • 間取り
  • 山号
    藤澤山
  • 寺務所
    あり

引用元

https://daikoji.web.fc2.com/

境内施設

  • 本尊 阿弥陀如来立像(桃山時代)
    縁起によると、春日大明神より授かったもの。現世安穏・極楽往生の御利益がある。
  • 五劫思惟阿弥陀如来像(江戸時代)
    阿弥陀仏が法蔵菩薩であった頃のお姿。理想の浄土をどうしようかと考えていたことを頭を大きくすることで表現した仏像。寺伝によると、御首は中国の善導大師の作であり、御躰はそれに合わせて江戸時代に造られたものとされています。
  • 日限地蔵堂
  • 日限(ひぎり)地蔵立像(平安時代)
    日を限ってお参りすることによって願いがかなう。だから日限り地蔵。諸願成就のご利益がある。智証大師作と言われ、「光明院」時代のものと思われる。
  • 薬師三尊像(平安時代)
    春日仏師作。縁起によると、奈良三笠の薬師寺より来る。病気平癒のご利益があり、とくに、安産と耳にご利益があると伝えられている。当寺の仏像の中でもっとも古い仏像。
  • 庚申堂
  • 四面石仏(鎌倉時代作)
    本堂東、墓地入口。花崗岩製で高さ60cm、幅55cmの方形石。層塔塔身の残欠。四面に舟形光背を彫りくぼめ、如来が蓮華座に座す。  東 薬師如来 西 阿弥陀如来  南 釈迦如来 北 弥勒如来

引用元

https://daikoji.web.fc2.com/

表示するデータがありません。

引用元

https://daikoji.web.fc2.com/

アクセス

所在地

〒612-8055
京都府京都市伏見区伯耆町1-1


アクセス

・京阪電車:伏見桃山駅から徒歩3分、中書島駅から徒歩6分
・近鉄電車:桃山御陵前駅から徒歩5分
・JR奈良線:桃山駅から徒歩10分

駐車場

なし

引用元

https://daikoji.web.fc2.com/