紀三井寺 楼門
紀三井寺 本堂
紀三井寺 本堂
紀三井寺 多宝塔
紀三井寺 鐘楼

救世観音宗

紀三井寺(金剛宝寺)きみいでら

和歌山県和歌山市紀三井寺1201

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宿坊

境内ベンチあり

休憩所

路面
(舗装済)

周遊時間
(15分以上)

コインロッカー

概要
基本情報
みどころ
⾏事・
イベント
アクセス

概要

  • 正式名
    紀三井寺(金剛宝寺)(きみいでら)
  • 宗派
  • 本⼭
    救世観音宗総本山紀三井寺
  • 寺格
    総本山
  • 本尊
    十一面観世音菩薩
  • 開⼭・開基
    為光上人
  • 創建
    宝亀元年
  • ご詠歌
    ふるさとを はるばるこゝに きみいでら はなのみやこも ちかくなるらん
  • 墓・納骨堂について
    不明
  • 建築様式
  • 歴史
    紀三井寺は、今からおよそ1250年前昔、奈良朝時代、光仁天皇の宝亀元年(AD770)、唐僧・為光上人によって開基された霊刹です。
     為光上人は、伝教の志篤く、身の危険もいとわず、波荒き東シナ海を渡って中国(当時の唐国)より到来されました。
     そして諸国を巡り、観音様の慈悲の光によって、人々の苦悩を救わんがため、仏法を弘められました。行脚の途次、たまたまこの地に至り、夜半名草山中腹に霊光を観じられて翌日登山され、そこに千手観音様の尊像をご感得になりました。  上人は、この地こそ観音慈悲の霊場、仏法弘通の勝地なりとお歓びになり、十一面観世音菩薩像を、自ら一刀三礼のもとに刻み、一宇を建立して安置されました。それが紀三井寺の起こりとされています。
     その後、歴代天皇の御幸があり、また後白河法皇が当山を勅願所と定められて以後隆盛を極め、鎌倉時代には止住する僧侶も五百人を越えたと伝えられています。江戸時代に入ると、紀州徳川家歴代藩主が頻繁に来山され、「紀州祈祷大道場」として尊崇されました。
     正式には「紀三井山金剛宝寺護国院(きみいさんこんごうほうじごこくいん)」という当寺の名称を知る人は少なく、全国に「紀三井寺」の名で知られていますが、この紀三井寺とは、紀州にある、三つの井戸が有るお寺ということで名付けられたといわれ、今も境内には、清浄水(しょうじょうすい)、楊柳水(ようりゅうすい)、吉祥水(きっしょうすい)の三井より清水がこんこんと湧き出して、年中絶えることがありません。(紀三井寺の三井水は昭和60年3月、環境庁より日本名水百選に選ばれました)
     西国三十三所観音霊場第2番目の札所である当寺は、観音信仰の隆盛に伴い、きびすを接する善男善女は数えるにいとまなく、ご宝前には日夜香煙の絶え間がありません。
     特に、ご本尊・十一面観世音菩薩様は、厄除・開運・良縁成就・安産・子授けにご霊験あらたかとされ、毎月十八日の観音様ご縁日を中心に、日参、月参りの篤信者でにぎわいます。
     春は、早咲き桜の名所として名高く、境内から景勝・和歌の浦をはじめ淡路島・四国も遠望出来る紀三井寺は観光地としても有名で、古来文人墨客にして杖引く人も多く、詩歌に、俳諧に、絵画にと、多くの筆の跡が遺されています。
     平成29年、日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」の構成文化財の一つに当寺が加えられたのも景勝地としての歴史に由来します。令和元何5月には、西国三十三か所巡礼道が「1300年つづく日本の終活の旅」として日本遺産に登録され、当寺は二つの日本遺産の構成文化財となりました。
     紀三井寺は以前、真言宗山階派の寺院でしたが、昭和26年に独立し現在は、山内・県下あわせて十六ヶ寺の末寺を擁する救世観音宗(ぐぜかんのんしゅう)の総本山となっています。
  • 札所等
    西国三十三か所巡礼第2番

ご祈祷・お祓い

  • 種類
  • 受付について
    毎日9:00・10:00・11:00・14:00・15:00の5回、本堂にてご祈祷・ご回向を勤めさせて戴いております。各時15分前までに、お申し込みをお済ませください。

引用元

https://www.kimiidera.com/

基本情報

  • 名称
    紀三井寺(金剛宝寺)(きみいでら)
  • 所在地
    〒641-0012
    和歌山県和歌山市紀三井寺1201
  • 位置・海抜
    北緯34.1度、東経135.1度、海抜60.7m
  • 開閉門時間
    8:00~17:00
  • 参拝料/拝観料
    400円
    ※ケーブル不使用の徒歩参拝者2024年4月4日まで無料
  • 授与所の開いている時間
    8:00~17:00
  • お問い合わせ先
  • 電話番号
  • ホームページ
  • SNS
  • 間取り
  • 山号
    紀三井山
  • 重要⽂化財有無
    あり
  • 寺務所
    あり

引用元

https://www.kimiidera.com/

宝物・什物

  • 重要文化財
    楼門
    永生6年(1509年)
    三間一戸・入母屋造・本瓦葺き。建立以来たびたびの修理を受け、桃山時代の様式を残す。(高欄付きの縁をめぐらせた腰部や和様三手先腰組)欄間には、牡丹と菊の彫刻があざやか。 金剛力士像を安置。
  • 重要文化財
    鐘楼
    天正16年(1588年)
    入母屋造・本瓦葺き・袴腰。(腰板張りの下層) 全体に軽快な感じで、鐘楼建造物中の白眉とされている重要文化財の建造物である。
  • 重要文化財
    多宝塔
    文安6年(1449年)
    嘉吉元年(1441年)倒壊した等に替わって再建された、境内では最古の本瓦葺三間多宝塔。 下層は四本柱の方形、上層は十二本の柱を立て高欄をめぐらせた円形。 室町中期様式・五智如来をまつる。
  • 重要文化財
    十一面観世音菩薩
    平安時代
    十~十一世紀頃の作。檜あるいは榧の木の一木彫です。(秘仏本尊のお前立ちとの説もあります)こぢんまりした御頭部、なで肩の上半身に比して、下半身は横幅と厚みを有して量感を示します。右足を曲げて衆生済度の姿勢をとり、右手親指を手の平に折り込んだ施無畏の印相と共に観音の慈悲心を表しています。 長い円弧の眉、通った鼻筋、口元の微笑み。簡素で鄙びた作風の中に、親しみを感じ得る逸像です。
  • 重要文化財
    秘仏本尊 十一面観世音菩薩立像(左)
    50年に一度開扉される御本尊です。 樟の一木彫りで、素地仕上げ。どっしりとした重厚感のある体躯。大きな御頭部に配された目鼻立ちや口唇も太造りで、万全の救済力と包容力を全身にみなぎらせています。 紀三井寺のご本尊様は「荒仏」と伝えられ、慈悲の心で、拝する本人が耐え得る試練を科し、心を磨くことをお教え下さります。 伝開山・為光上人御手彫。十世紀初期の作風で台座も同年代とされています。
  • 重要文化財
    秘龕仏 千手観世音菩薩立像(右)
    御本尊様と同じく、50年に一度開扉される御秘仏です。 樟の一木彫りで、素地仕上げ。通形の42本脇手に加えて、薄板製の小手970本を配した真数千手観音像で、作例は決して多くありません。 強い山形の眉線、眼球のふくらみや上唇の厚みなど、異形といっても良い個性的な顔容を有します。 十世紀後半~十一世紀の作風で、台座は本尊以外の三像と同じく後代になります。
  • 重要文化財
    梵天立像
    平安時代
    十~十一世紀頃の作。樟の一本彫。帝釈天像と一対で、秘仏本尊の脇士として伝えられますが、像容は天部というより菩薩像の体裁を有しています。 又、彫りが浅く、彩色があまり残っていないことや円筒形の宝冠を被っていることなどから、帝釈天と同じ作者が一対として作像したとは考えにくいです。 顔容は、厳しさの中に優しさを秘めた父親的な雰囲気をかもしています。
  • 重要文化財
    帝釈天立像
    平安時代
    十~十一世紀頃の作。 檜の一木彫。梵天像と一対で、秘仏本尊の脇士として伝えられますが、彫りが深く彩色は鮮やかに残っているなど、像容は異なります。 裳に散らされた青、緑、赤、白の四弁の大型団花文や、髪際の髪筋の墨線などにも優秀な仏師の巧みの技を見ることが出来ます。 男性的な梵天に比して、全てを包み込む母親的な包容力を示します。

境内施設

  • 六角堂
    江戸時代・寛延年間(1750頃)建立 初代・二代目雑賀弥左ェ門建立。 西国三十三カ所御本尊をまつる。
  • 本 堂
    江戸時代・宝歴9年(1759)建立 入母屋造・正面唐破風と千鳥破風・本瓦葺き・九間四面・総欅造り。
  • 護国院御殿
    江戸時代・西暦1800年前後 紀州徳川御成御殿。
  • 毘沙門天立像
    平安時代 大光明殿内安置 十一~十二世紀の作。 後ろの衣の裳裾には、美しい渦文が見られます。 顔の表情には気迫がこもり、指定文化財ではないですが、平安時代の秀作といえます。 足元に踏みしめられる天の邪鬼は、江戸時代に改修されたものとみられています。
  • 薬師如来
    平安~鎌倉時代 本堂内陣安置
  • 阿弥陀如来
    平安時代 本堂内陣安置
  • 千手観世音菩薩
    南北朝時代 本堂内陣安置
  • 持国天像
    平安時代 本堂厨子西
  • 増長天像
    江戸時代 本堂お厨子東
  • 十一面観音
    室町時代 本堂内陣安置
  • ビンズル尊者
    江戸時代 本堂外陣安置
  • 救世観音
    片山静観作・日本最大の陶製観音像 本堂地下・大願洞内安置
  • 大千手十一面観世音菩薩像
    2008年 仏殿安置 木造立像では日本最大の仏像
  • 閻魔大王像
    2019年 楼門
  • 清浄水
    紀三井寺の山門をくぐって最初の石段を昇ると、右手の木立の中に音を立てて流れ落ちる小滝があります。これが紀三井寺の名の起こりである三井水の一つ「清浄水」の湧水です。 その昔、開山為光上人が紀三井寺開創の頃、上人の前に忽然として出現した美女が、身を投じて龍に化身したと伝えられるのがこの清浄水の井水です。大正11年、昭和天皇陛下が皇太子殿下のみぎり、当地に行啓された時、紀三井寺の清浄水が非常に良いということで、わざわざ和歌浦の御宿舎までこの水を運んで調理その他の用水に供されたことは、当時の人々の誇りとして、今尚諸人の記憶に新たなる所です。この清浄水の周辺には、松尾芭蕉の句碑と、それを囲む様に後代紀州の俳人達の句碑が建てられ、まるで円座になって静かに滝音に耳を傾けているかの様です。
  • 吉祥水
    吉祥水」は昭和初期、附近に土砂崩壊が起り、その後も相次ぐ崩壊により水筋も変り、水桶等施設も理没して荒廃し、境界も定かならぬ有様となりました。 その後幾度となく復旧の話も出て種々努力もなされましたが、機縁熟さず、立ち消えとなりました。 しかし近年地元三葛地区の人々を始め有志により、先祖以来子供の頃から「瀧のぼりの清水」として親しまれてきた吉祥水を後世に残そうと保存会が設立され、環境整備が進み吉祥天女石像も造られて、後に落慶法要を迎える運びとなりました。
  • 楊柳水
    この水を飲む人々を病から救って下さるというありがたい水として喜ばれてきた南の滝・楊柳水ですが以前は、木々の間に埋もれ、覆屋の白壁は落ち、井戸は泥で濁って、見るも無惨な有様でした。 一足先に復興された吉祥水や紀三井寺の三井水が、環境庁より日本の名水百選に認定されたのを期に、楊柳水の整備の気運が高まり、かねてより護持の意向を示しておられた、市内和歌浦・木下建設株式会社の故・木下治郎社長の手により昭和60年に短期間の内に整備工事が進められ、復興されました。
  • 天空かふぇ
    紀三井寺正面石段を上りきった所にあった「紀三井寺茶所」が内装をリニューアルし、店名も「天空かふぇ」と改めて、オープンしました。 紀三井寺は巡礼の寺、桜の寺、そして日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」を構成する景勝の寺。……天空から望むが如き絶景は、231の石段を上り来たった御参詣者のみが得るご褒美です。景色をさえぎるものが無いことは、先日の台風21号の様な暴風に見舞われると、大変な損害を被る原因ですが、その代償として得られる絶景に、感嘆を洩らさぬ来山者はいないのです。 朝は、背面の名草山から上る朝日に照らされた鮮明なパノラマを、夕には、眼前に沈む太陽をまとったシルエットの夕景を、眺めることが出来ます。圧巻の絶景を、寒暑荒天を避けて飽くまで眺め、名物・甘酒や、紀三井寺三井水の一つ・楊柳水(健康長寿の水)で淹れたコーヒーを味わいながら楽しむのは、紀三井寺ならではの贅沢かもしれません。皆様も、是非一度ご堪能ください。 天空かふぇの営業は、水・木曜日を除く毎日。午前10時~午後4時です。(臨時休業時は御寛恕の程) 甘酒には、暖かいもの、冷たいもの、サイダーの入ったものと3種類ございます。ぜんざいやお抹茶もご賞味いただけます。

引用元

https://www.kimiidera.com/

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引用元

https://www.kimiidera.com/

アクセス

所在地

〒641-0012
和歌山県和歌山市紀三井寺1201


アクセス

JR紀勢本線「紀三井寺」駅下車徒歩10分

駐車場

あり

引用元

https://www.kimiidera.com/